1 月 25

動で生を養う法則

by ピチレモン雑誌 PichiLemon.com 健康生活

太極」は天地万物の源である。自然運動の源でもあれば、生命運動の源でもある。太極を構成する陰陽二気の永遠な運動から、「自強やまず」の天と「何でも収容する」地及び天地の間の万事万物が生まれたのである。古人の『太極図』の「空心圓図」(図1を参考)、「易有太極図」(図3を参考)によれば、「太極」円の中の陰陽二気は極まりなく転換変化し、円外に満ち溢れている陰陽八卦も永遠の転換変化にあるのである。もし、古人の異なる時間において異なる角度から「太極」を観察して描いた、陰陽の位置が異なる『陰陽魚太極図』を合わせてみれば、「太極」は絶え間無く回っている球体になる(図11を参考)。要するに、太極の理論によれば、運動は天地万物の発生発展の基礎である。従って、人間が健康になりたければ、必ず運動すること。長寿しょうと思っても主に運動を手段とすることだ。だからこそ、「動で生を養う法則」は太極運動の基本法則である。この法則の中の「動」は永遠の恒動と動の中に静を求めることの動態バランスである。

1、太極拳を練習する時は極まりなく「恒動」すること

太極拳古譜の要求では、太極拳運動は「太極は陰陽」の如く絶え間無く運動しなければならない。「揚子江大河の如し、とうとうとして絶えない」(『廉譲堂太極拳譜∙太極拳釈名』)。この理論を太極拳の意気運転に使う時、意気の「始めから終わりまで、終わりからまた初めまでと循環が永遠に止まない」ことを要求し(楊澄甫『楊式太極拳∙太極拳説十要』) 、太極拳の身体動作に使う時、「十三勢を一気に連ねる」ことを要求する。要するに、「全身の骨格と関節が順応し、気が必ずうまく流れ、意が絶え間無い」はずである(楊澄甫『太極拳使用法』)。

2、太極拳を練習する時は動の中で静を求めること
 
太極運動理念の「動で生を養う法則」が必ず動を要求すると同時に、「動の中で静を求める」動態的バランスをも重視するのである。太極拳運動のこの動静理念は周敦頤の『太極図説』と『通書』の静を強調する思想を受けたのではないかと思う。周氏は『太極図説』の中で、「聖人は中正をもって自己を律し、仁義をもって人を治め、静(私欲を去ること)をもって真の人たる標準とする」と提出した。人間を「太極」の変換の中、世の中に変動の中、静即ち私欲を去ることを自分の最高標準とすべきと要求しているのである。周敦頤はまた『通書』の中、「動いているか言えば動いていないし、静かであるかと言えば静かでもないのが神である。これは実は動いていないことでも静かでないことでもないのである」(『通書∙動静』)と言ったが、実はこれがちょうど太極拳家の追求している動の中に静があり、静の中に動がある動静相互依存の「動態バランス」である。太極拳古譜がこの状態を「静かなものが動いているように見え、動いているものが静かに見える。内心はしっかりしているが、表は安逸に見せる」と形容したのである。(武 『太極拳解』)

太極拳練習の「動の中静を求める」方法は、「体は動くが、心は静かであるべき。気は収めるが、神は楽であるべき」と言うことを指している(武  『打手要言』)。即ち、身体運転の時は内意が集中し、内気が緩やかで、相対的な内静が現れ、動の中静ある目的に達することである。

要するに、太極拳運動の中の「動で生を養う法則」は、動を主とするが、続く運動の中「静を求め」、動態バランスを追求する法則である。

【ピチレモンネット PichiLemon.com】美しさ

太極運動理念の要素 太極拳の内にて外を導く法則


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